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松井秀喜の名言!「自分にコントロールできないことは…。」の隠れた内容とは?

プロ野球選手
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松井秀喜は巨人やニューヨークヤンキース、その他メジャーリーグのチームで活躍したビッグな選手。高校時代は甲子園で、5打席連続敬遠という社会問題をも巻き起こした伝説の人です。
 
 
そんな松井秀喜の名言には、どんなものがあるのでしょうか?またどのような隠れた意味があるのでしょう?今回はそれらについて、見ていきたいと思います。

 

 

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松井秀喜の名言の意味とは?

 
親しみやすい印象の松井秀喜。彼の生き様から学べることをお伝えしていきます。
 
 
今回、紹介する名言がこちらです。

自分にコントロールできないことは一切考えないですね。考えても仕方ないことだから。自分にできることだけに集中するだけです。

 
ストイックさを感じる言葉。これは過去にマスコミとの対談で、「ヤンキース時代、自身の成績が上がらないときのニューヨークのメディアの記事は気にならないのか?」と質問されて答えた内容です。


 
 
この名言の意味がこちらになります。
 

運や天候などの条件は、自分自身でコントロールできません。だけど自分でコントロールできる打席の集中力、それまでの練習などの範囲のことは全力で取り組むまでです。

 
人は誰でも自分に悪いことが起きると、「なんで自分は運が悪いんだろう・・・。」と考えてしまう時があると思います。でも松井秀喜のように考えるなら、「これはこれでいい経験ができてよかった。」となるのでしょう。

つまり、起きてしまったことは変えられません。しかし結果に対するリアクションは、自分で選ぶことができます。松井秀喜はマインドフルネスのような、生き方をしている人なんですね。

≪マインドフルネスとは≫
現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程のこと。

 
結果を残している偉大な人は、だいたいこのような共通点があるようですよ。たとえば松下幸之助(現パナソニック創業者)やスティーブン・ホーキング(天才理論物理学者)も、マインドフルネス思考を持った偉人です。
 
 
次は松井秀喜の生い立ちについて、見ていきます。
 

松井秀喜とはどんな人?

 
松井秀喜は石川県の能美市という場所で、1974年6月12日に誕生しました。焼き物の九谷焼で有名な地域ですね。


 
 
実家は、祖母・松井瑠璃寿が設立した宗教法人「瑠璃教会」。教会の司教である2代目父の昌雄と母のさえ子との間に、次男として松井秀喜は誕生しました。生まれた時の体重は3960グラムで、すでに大きめの赤ちゃんだったようです。
 
 
体が大きかった松井秀喜は小学3年の時からしか入れない軟式野球チームに、1年のときから特別に入れてもらいました。しかし幼く監督の指示が理解できず、一回野球をやめてしまいます。

ただ野球に打ち込む3歳上の兄の影響から、小学5年の夏休みに再び軟式野球チームに入部。この頃から、プロ野球選手で活躍することを夢見ていました。
 
 
松井秀喜は中学校や高校でも野球を続けて高校の時の記録では、石川県の1大会で4本塁打により最高記録を打ち出します。その記録を三大会連続で記録しているのが驚き。

そして1992年のプロ野球ドラフト会議で、抽選で交渉権を得た巨人に入団します。契約金は1億2000万円で、年俸は720万円でした。
 
 
プロに入ってからの松井秀喜は、身長188センチ 体重95.3キロ。日本のプロ野球界では、読売ジャイアンツで活躍。その後アメリカのメジャーリーグの中ではニューヨーク・ヤンキースに移籍します。


 
 
そしてエンゼルス、アスレチックス、レイズと渡り歩き、2012年に引退を迎えたのです。
 

松井秀喜の功績とは?

 
松井秀喜は2013年に、長嶋茂雄とともに国民栄誉賞を受賞しました。過去に書いた記事があるので、お時間がある際にお読みいただけるとありがたいです。

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読売ジャイアンツ時代はベストナイン賞を8回。ゴールデングラブ賞を3回。MVPも3回受賞しています。それ以外の功績としては、10年間で332本塁打を成功させていますね。

10年間での本塁打数は、王貞治の356本についで歴代2位です。こちらも過去に書いた記事があるので、よろしくお願いします。

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松井秀樹の愛称「ゴジラ」は、海外でもよく知られています。現在はヤンキースで、特別アドバイザーとして活躍していますね。

≪特別アドバイザーとは≫
日本で言うと、名誉顧問のような存在。

 
試合ではベンチに入りませんが、コーチよりも近い存在で選手をサポートしていく大切なポジションになるのです。松井秀喜は現役を退いた今も野球の最前線で活躍しているので、彼の偉大な功績が後輩たちの励みとなるでしょうね。
 

松井秀喜はなぜ成功できたの?

 
まず松井秀喜は他人の悪口を言わないということが信条の一つで、人として立派な人格者だと言えます。


 
 
このようなエピソードがあるのです。
 

中学2年生時の家族との夕食の際、松井が何気なく友人の悪口を言ったところ、父が箸をおいて「他人の悪口を言うような醜いことはするな。ここで二度とそんなことはしない、と約束しなさい」と注意した。松井は「父との約束ですから、あれ以来他人の悪口を言ったことはありません」と語った。

引用:Wikipedia

 
凄いことじゃありませんか?他人をけなしたくなることはよくあります。それなのに父からの言われたことを守り通すのが、人として立派なことだと思いますね。
 
 
松井秀喜は人物像も偉大です。しかし最も大きかったのは、長嶋茂雄という偉大な人に見込まれたことが成功できた1つの理由になるのではないでしょうか?実際に松井秀喜は引退直後に聞かれた内容で、以下のように言っています。
 

一番思い出に残っていることは「たくさんある」としながらも、「長嶋監督と二人で素振りした時間」を挙げた。

引用:Wikipedia

 
なお功績の章でもお伝えしたように、2013年5月5日に師弟関係である長嶋茂雄と松井秀喜の2人が同時に国民栄誉賞を受賞しています。人としても素晴らしい2人のダブル受賞は、誰しもが納得したのではないでしょうか?
 
 
名言にもある自分にコントロールできないことは一切考えず、自分にできることだけに集中して取り組んだ松井秀喜

ただ本人の努力がなければ、成功に結び付かなかったと思います。というのもメジャーリーグ時は、本塁打より連続試合出場にこだわり、アメリカまで来てくれる日本人のファンのために出続けたのです。その結果がこちらになります。
 

連続試合出場は、2006年の故障で記録が途切れるまで、NPBで1250試合、MLBで518試合(MLBでデビュー以来518試合連続出場は、日本人選手としては歴代1位)、日米通算1768試合を数えた。

引用:Wikipedia

 
メジャーリーガーとなるために、見えないところでも鍛えた。そして表舞台に出るようになって、今度はファンのために試合に出続けたという、これぞプロ中のプロの誇りです。これも目の前にある練習に取り組んだ本人の努力の賜物があって、成功したのではないでしょうか。
 
 
私も現在、ブログを書いて生計を立てている身です。ライターは文章力がシッカリしていないと、中々成立できない職種。コツコツと自分のできることを続け、分かりやすい文章を書くことを専念してきました。中でも文章力を上げるために書いている写経は、今でも毎日続けていることです。

≪写経とは≫
文章を書くお手本になる本を、一語一句書き写すこと。

 
そのおかげで、プライペートでは様々な役職も任されるようになりました。これは文章力が認められたことが、大きな要因だと考えられます。

このように人との出会いは大切なことですが、自分のできることを続けるのが大前提です。まず目の前のできることを頑張り、成長していきましょう。
 

まとめ

 


応援よろしくお願いします。m(__)m

 
松井秀喜は他の選手からも好かれる、人として尊敬される器がありました。このことを実現する自体、なかなか可能ではありません。

まずは目標を決め、それに向かって突き進めばいいでしょうね。そうすることで、張り合いある毎日になりますから。頑張っていきましょう。
 
 
 

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