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落合博満の名言!「欠点を直すこと、それは…。」の隠れた内容とは?

プロ野球選手
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落合博満と言えば、選手時代に3回も三冠王を取った有名選手!引退してからは中日の監督として、指導者の頭角をも現しました。
 
 
そんな落合博満の名言には、どんなものがあるのでしょう?また隠された内容はあるのでしょうか?今回は、その辺をジックリ見ていきます。

 

 

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落合博満の名言の意味とは?

 
落合博満はオレ流とメディアで言われていたので、知っているかたが多いと思います。その名言がこちらです。
 

欠点を直すこと、それはよい部分が失われることでもある。

 
この内容は現役を引退してフリーな立場で解説をやっている時、出版した本に書いた名言です。2001年に横浜ベイスターズのキャンプで臨時打撃コーチをしたとき、アドバイスで出た言葉のようですね。


 
 
名言の意味がこちらになります。
 

人は欠点と聞くとネガティブなイメージを持つが、欠点こそがその人の最大の魅力。それが失われると、その人の持ち味をも失ってしまうので、無くさない方がいい。

 
俺流を貫き通した落合博満だからこそ、言える言葉なのでしょうね。確かにその人の欠点と言われるものは、利点の裏返しになります。その部分を直せば、その人らしさが失ってしまいますからね。実績を上げた人が言えば、真実味があります。
 
 
ではそんなポジポジティブ思考の落合博満は、どんな人なのでしょうか?
 

落合博満とはどんな人?

 
落合博満は秋田県南秋田郡若美町(現在は男鹿市)が出身地で、1953年12月9日に7人兄弟の末っ子として生まれました。幼少時代は長嶋茂雄に憧れを抱き、野球を始めたのです。
 
 
過去に書いた記事があるので、お時間がありましたらお読みください。

長嶋茂雄の名言!「ウサギとカメならカメでいい・・・。」の隠れた内容とは?
長嶋茂雄と言えば、巨人軍の名監督として有名な人です。多くの選手を育て、リーグや日本シリーズでも優勝を成し遂げています。 そんな長嶋茂雄の名言には、どんなものがあるのでしょうか?さらに意味はどうなのでしょう?今回は隠れた内容...

 
 
憧れから小学生の頃は雑誌で長嶋茂雄のバッティングフォームを、参考にしていました。中高も野球を続けたのですが高校時代は体罰があった体育会系の風習をよく思わず、無名の秋田工業を選んだのです。


 
 
しかし入部後は先輩からの理不尽なしごきにあい、耐えかねて野球部を辞めてしまいます。それでも大会になれば、助っ人として呼ばれて4番打者で試合に出場してたのが驚きです。

その後、大学は東洋大学に進学して野球部に入部。そこでも体育会系的な慣習に納得できず、故障をキッカケに野球部を辞めてしまいます。

2年後に落合博満の才能を惜しんだ高校時代の恩師が東京芝浦電気の府中工場の臨時工になることを勧め、東芝府中という社会人野球チームのチームに入ることに。このチームに在籍していた5年間、公式戦でおよそ70本塁打を打ちました。
 
 
徐々に頭角を現した落合博満は1978年のドラフト会議でパリーグのロッテに3位指名され、25歳の遅咲きでプロ入りしたのです。プロ野球選手時代はロッテ・中日・巨人・日ハムを経て、引退後に中日ドラゴンズの監督として活躍しました。

現役時代の身長は178センチ、体重は80キロです。細マッチョ的な体つきですね。
 

落合博満の功績とは?

 
落合博満は選手時代に、首位打者を5回・本塁打王を5回・打点王を5回・最多勝利打点を5回、そして最高出塁率の記録を7回という功績を残しています。さらにMVPを2回・ベストナインを10回・三冠王も3回という記録があるのです。

中日の監督としては2004年から2011年まで、全ての年でAクラス入りを果たしました。それだけでもすごいのに、4度のリーグ優勝と1度の日本一を達成させます。
 
 
一方で、好成績を残した落合博満には以外な一面がありました。なんと、ガンダムファン!


 
 
ガンプラにも興味があるようで、一番好きなモビルスーツは、「新機動戦士ガンダムW」に出てくるウィングガンダムゼロカスタム。そんなマニアックさが、野球にも生きているのかもしれませんね。
 

落合博満が成功できた理由とは?

 
落合博満は、選手で十二分に活躍して成功しました。その理由としては名言で言われている、欠点を直すこと、それはよい部分が失われることでもある。という内容が大きく関係しています。

というのも落合博満は選手時代から自分を信じ、なんと言われうようとオレ流さ!で通してきたのです。オレ流と聞こえはいいのですが、簡単に言えば自分勝手でマイペースということ。自分勝手という欠点を貫き通し、我が道を歩んできたのです。


 
 
そのエピソードがこちらになります。
 

1979年、プロ入り当時の監督・山内一弘はレベルスイングの本尊といえる人物でもあり、アッパースイングだった落合のバッティングフォームの矯正に取り掛かった。落合自身は後年「当時の自分には山内さんの高度な打撃理論が理解できなかった」と述べている通り、山内から教わった打法ではボールが前に飛ばない状況であったという。そのため、ベテラン捕手・土肥健二の非常に柔らかいリスト(手首)を使ってボールをはじき返すフォームに注目し、それを真似し、我流のフォーム改造を狙った。土肥のほか、得津高宏の左バッター特有のうまいボールの捕らえ方も参考にした。

引用:Wikipedia

≪レベルスイングとは≫
バットを地面と平行に振る打ち方のこと。ボールを上からたたいて打つこと。
≪アッパースイングとは≫
ボールを下から上にすくい上げて打つこと。

 
オレ流で打撃フォームを研究に研究し、2年連続で3度の三冠王を獲得するという成績を残しているのです。
 
 
さらに監督時代は、「結果さえ残せば文句ないだろ?」というスタンスとドライな性格でコーチや選手を分析。その結果、このようなエピソードがあるのです。
 

投手起用に関しては、自身が野手だったことから、信用を置いているコーチの森繁和に任せて一切口出ししなかったという。これについて落合は「(下手に口を出すと)大抵それで失敗する」と発言している。攻撃面ではサインはほとんどなく、基本は選手のやりやすいようにやらせていたという。甘い球や狙い球ならどんどん打っていけ、という考え方で、「狙いがあるなら、全員が初球打ちで3球でチェンジになっても構わない」とも言っていたとされる。

引用:Wikipedia

 
上記の指示で中日の監督を務めた8年間中4度のリーグ優勝、すべての年でAクラス入りを果たしたという実績。短所とも言われかねないオレ流で決めたコーチや選手を信用し、成績を残したことが立派です。

以上のことから言える落合博満の成功した理由は、名言でも伝えられている欠点を治すことはダメ!自分自身を信じて持ち味としてプラス思考に考えたことで、成功できたと言っても過言ではないでしょうね。
 
 
私自身が自分を分析すると、「相手に対して気を遣いすぎる!」という欠点があります。だけど短所と言えることを長所と捉えて考えれば、周りに対する気配りができるのや相手の気持ちを考えられる。また思いやりがあるとも言えるのです。

成功するためには、まず自分自身を信じることが大事!ネガティブ思考をせず、ポジティブに考えるようにしましょう。その考え方が、あなた自身を成長させてくれますよ。応援していますね。
 

まとめ

 


応援よろしくお願いします。m(__)m

 
落合博満は中日の監督時代、選手たちがやりやすいような雰囲気作りに徹底していたようです。それだけ環境を整える人柄が、気遣いのできる人物だったと推測できます。やはり周りに対する配慮ある人は結果的に慕われるようになり、成功への足掛かりとなるのでしょうね。
 
 
 

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