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佐々木主浩の名言!「僕が一番に心掛けたのは…」に隠された内容とは?

元プロ野球選手

 
 
佐々木主浩ささきかづひろは、剛速球とフォークで有名な投手。メジャーでも大活躍しましたよ。
 
 
そんな佐々木主浩の名言は、どのようなものがあるのでしょう?隠れた内容はあるのでしょうか?今回はその辺を、見ていきたいと思います。

 

 


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佐々木主浩の名言の意味とは?

 
佐々木主浩はハマの大魔神と呼ばれ、現在の横浜DeNAベイスターズで抑えのピッチャーとして活躍しました。


 
 
日本人選手として最多となる日米通算381セーブを達成し、名球会にも入っているのです。
 
 
有名人の名言がこちらになります。
 

僕が一番に心掛けたのは「慣れること」です。慣れないことには、本来の力が発揮できませんから。「郷に入れば郷に従え」です。

 
この内容は元メジャーリーガーとしてインタビューされた際、「海外で成功するために、最も大切なものは何ですか?」と質問されて出た言葉です。
 
 
名言の意味がこちらになります。
 

新しい場所や環境に入ったら、そこでの習慣ややり方に順応したほうが、本来の力が十分出るのです。

 
人は新たな拠点に行くと、緊張などで本来の力が発揮できなくなります。そこで一番に考えるべきことは、その環境に慣れることです。適応するために、積極的に話しかけたり挨拶することが大切。当然ですが、仕事でも当てはまります。

勇気を出してあなたが本来の力を発揮できるように、自分から声をかけていきましょう。そうすれば、ポジティブなサイクルが回っていきます。自発的に挨拶すると早くから職場に慣れることができ、報告・連絡・相談が可能になるのです

結果的に仕事をこなせるようになります。これは新入社員だけではなくて、転職した人でも当てはまりますよ。参考にしていただければ幸いです。
 

佐々木主浩とはどんな人?

 
佐々木主浩は1968年2月22日生まれで、宮城県仙台市の出身です。牛タンが有名な場所ですね。


 
 
野球は小学校4年生の時に地元の少年野球チーム、将監アタックスに入ります。そこでのびのびとしたプレーをし、野球の楽しさを感じたのです。

その後中学校でも野球部に入り、高校は東北高校に進学しました。2年生の夏からエースとして、3季連続で甲子園に出場。3年の春夏はベスト8に進出したのです。
 
 
高校卒業後は地元の東北福祉大学に進学し、2年生と3年生の時全日本大学野球選手権大会で2度の準優勝をしました。その活躍から1989年のドラフト会議で、横浜大洋ホエールズが1位指名を受けたのです。無事入団し、抑え投手として頭角を現していったのでした。
 
 
現役時の身長は190センチ・体重は98キロ。まさにハマの大魔神と呼ばれるだけあって、かなり大きな体格ですね。
 

佐々木主浩の功績とは?

 
佐々木主浩は横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ・シアトルマリナーズと移籍し、再度、横浜ベイスターズに戻ってきました。

この間に取ったタイトルは、最優秀救援投手が5回。表彰はMVP・最優秀投手・ベストナイン・ファイアマン賞・最優秀バッテリー賞など、数々を受賞したのです。

また冒頭でも記載したように、通算で381(日252/米129)セーブをあげ、名球会入りを果たしていますよ。これだけでも十分に功績を残しています。
 
 
さらに現役引退後は、野球評論家として活躍しているのです。その他にテレビ・ラジオ・CMと言ったメディアにも出演し、影響力が大きい人物になっています。

また大学在学中は高校野球のコーチになるため、教員資格を取っているのが驚きです。今後の活躍に期待したいですね。
 

佐々木主浩が成功できた理由とは?

 
佐々木主浩は日本球界で12年・メジャーリーグで4年の合計16年を、野球に打ち込みました。引退後は野球解説者や野球評論家はもちろんのこと、馬主にもなっています。


 
 
さらに2017年からはモータースポーツ界の、D’STATION Racingのチーム総監督に就任しているのです。まさに勝ち組として、成功していると言っても過言ではありません。

では、なぜ成功できたのか?やはり、『僕が一番に心掛けたのは「慣れること」です。慣れないことには、本来の力が発揮できませんから。「郷に入れば郷に従え」です。』の名言が、大きくかかわっているのです。
 
 
というのも野球を例にすると、横浜ベイスターズからマリナーズへFA移籍を果たす際です。事前に佐々木主浩は代理人と一緒にチーム状況やシアトルの環境を、徹底的に確認して選びました。名言で言われている慣れることを、重要視していたようです。
 
 
厳選しただけあってマリナーズの本拠地であるシアトルは、海外でも日本人にとって住みやすい環境のようですよ。メジャーで活躍した長谷川滋利は、このように言っています。
 

シアトルはレストランに行っても、カフェに寄ってもほとんどと言っていいほど、ファンは無視してくれます。店を出るときに「明日も頼むよ」とか「今年、調子ええな。頑張って」とごく軽く声をかけてくれるくらい。これはメンタル的に最高の環境でしたし、「よし、こんな素晴らしいファンのために、明日も頑張ろう」というモチベーションになる。菊池投手もそのありがたみを体感することになるでしょう。

あとはとにかく過ごしやすい。レイン・シティと呼ばれるくらいなので、雨が多いのが難ですが、問題はそれくらいですね。在住邦人も多いですし、本格的な日本食「nishino」もある。ルーキーイヤーの環境としてはメジャーでもトップクラスで、イチロー選手、佐々木主浩さん、岩隈久志投手をはじめ、多くの日本人メジャーリーガーがこのチームで成功できた理由もそのあたりにあるのではないでしょうか。

引用:現代ビジネス

 
また佐々木主浩と言えばフォークが代名詞ですが、日本ではあまり投げていないカーブがメジャーではバッチリフィットしたようですよ。
 

カーブは、メジャー移籍前の横浜時代には遊び球として使用したが、捕手の谷繁元信が「怖くて実戦では使えない」として数球ほどしか披露されていない。一方、シアトル・マリナーズ移籍後は、ダン・ウィルソン捕手がこのカーブを高評価し、実戦でもフォークによく織り込んで投げていた。

引用:Wikipedia

 
日本では通用しないものがメジャーで通用するというのは、まさに適材適所だったのでしょうね。
 
 
さらに引退後は馬主として多くの所有馬を持ち、大金を稼いでいるというから驚きです。成功する秘訣として、このように言っていますよ。
 

馬主として成功する秘訣について、佐々木氏は「プロの話を素直に聞く」ことで、「僕は馬のプロではないし、調教師さんや牧場主さん、いろんな方に聞いて、馬を選んだりします」と、馬主だが口出しはしないことだと明かした。さらに、競走馬の購入について「1頭は4000万円までって決めてたんです。オークションは毎回ヒヤヒヤしながらっていうか、奥さんの顔が(頭に)浮かびながら……」と苦笑した。

「オークションで入札額を上乗せしするとき、妻の榎本加奈子(37)が気になってしまうと言っていた佐々木氏ですが、馬の名前はすべて榎本がつけているそうです。05年に再婚で榎本と一緒になったのですが、夫婦仲はとてもいいみたいですね」

引用:日刊大衆

 
畑違いの場合は、専門家に聞いて従うことがいいのでしょうね。まさに名言どおりです。
 
 
以上のことから佐々木主浩は、環境になれることに徹底したこと。またその道のプロに聞き、従って実行したことが人生で成功できた理由ではないでしょうか?
 
 
私は文章のスペシャリストになろうと、毎日奮闘しています。もちろん自分だけの力ではなく、教えてもらいながらですがね。実践している手本となる本を書き写す写経も、師匠に習ったのです。
 
 
我武者羅に頑張るのではなく正しい教えを習うことも、成功に向けての内容だと思いますよ。私はこれからも頑張ります。
 

まとめ

 


応援よろしくお願いします。m(__)m

 
佐々木主浩はモータースポーツの「D’STATION Racing」のチーム総監督にもなっていますが、ここでも成績を上げているのです。
 

「前回は現役時代だったのでなかなかサーキットに足を運べなかった」点を反省し、極力レースの現場に訪れるようにしているという。同年タイ・ブリーラム戦では、スタート前の雨で路面が濡れている中晴れ用のスリックタイヤを佐々木監督自ら決断、これが的中し3位表彰台を獲得している。

引用:Wikipedia

 
やはり状況を目で確認してその道のプロに教わったことで、好結果となる判断に繋がったのです。環境になれるよう取り組むことは結果的に現場の人ともコミュニケーション出来、自信になるのでしょうね。頭が下がります。
 
 
 


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